文化とは豊かな時代の贅沢ではない

4月はすべてのライブ活動を休止しました。ライブに出演するときは毎回、セットリストを決めて音源を作成して何度も聴いて練習して、というプロセスがあります。これは何をしていても常に頭のどこかにあり、そのことを考えていないときは正直ありません。3月の演奏が終わった後はそのプロセスがなくなり、昨年ライブ活動を始めて以来の、私にとって異常な日常を過ごしています。

自分が出演させていただいた素敵なライブハウスも、大好きで通い詰めていたライブハウスも続々と廃業が決まっています。今回から復帰するはずの合唱団の練習も2か月続けてキャンセルとなり、再開の見込みもたっていません。TVをつければコロナの情報や家でできることの紹介や古い番組のリバイバル。TVの中の人たちもリモートでの出演となり、家にひきこもっているだけでも、かつての日常が遠くなっていることをひしひしと感じざるを得ません。

音楽について、ベテランの社会構成員のひとりである自分、少しずつ経験を積ませていただいてきている楽団員のひとりである自分、そして駆け出しのシンガーソングライターである自分に何ができるのかと、改めて自問自答して鬱々とする日々を過ごしていました。そんな中、今日、楽団の指揮者から団員全員へのメッセージが届きました。それはこんな言葉で締めくくられていました。

『最後に、ドイツのグリュッターズ文化大臣が早々とアーティスト支援策を打ち出した時の言葉を・・・・ 「文化とは豊かな時代の贅沢ではない」 』

その言葉を読んだだけで、少し心に光明が差しました。文化を途絶えさせるとしたら、それは他人や状況でなく自分なのだと思いました。これは過去の偉人の言葉ではなく、今同じ時間を、同じ苦悩をかかえて戦っているひとの言葉です。この言葉を忘れずに日々を過ごしていきたいと思います。

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